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《2009年1月下旬 日本》
「頼む。何でも言う通りにするから、命だけは助けてくれ」
朧な月明かりに照らされる雑木林の中、ひたすら怯えきった男の声が響く。
その声の主の名は、浅見光男という名で、その身を包むD&Gの三つ揃いに表れている様に、普段の彼は成功者の自信と風格に溢れているのだが、今はただただ虎を前にした子兎の様に怯え切っていた。
「あらあら、そんなザマじゃ業界準大手。アサミ精器CEOサマの肩書が台無しよ」
嘲笑を浮かべつつ、そう浅見に吐き捨てるのは、虎のイメージには程遠い、一見女神を想起させる美しさと、悪魔的な妖艶さを合わせ持つ妖艶な美女で、彼女こそが浅見を恐怖に陥れる元凶だった。
何度かこの目で舐める様に見た、抜ける様に白い肌は今、漆黒のレザースーツに包まれ、何故だかその手には日本刀が握られていて、その切っ先は朧な月明かりを受け鈍く輝き、更なる恐怖の中へと浅見を叩き落とす。
「た…確かに、妻が居る事を黙っていた事は悪いと思っている。
でも、私は君との関係を終わらせたく無いし、君が望むなら妻と別れてもいい………」
「奥さんと別れる?」
浅見を虜にする、彼女の形の良い唇から漏れ出た声が、しんと静まり返った雑木林の中に小さく響く。
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