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呆然と教室に戻る。
椅子を引いた拍子に、がたりと思いの外うるさく音が鳴った。
蝉がうるさい。風がぬるい。
捨てたアイスのゴミが、やけにしつこく寂しい冷たさを反芻させる。
何度も彼女に貸した定規が目について、たくさんの十五を思い出した。
……覚えている。
鮮明に覚えている。
彼女の手が十五センチなことも。
彼女が髪を十五センチ切ったことも。
変なハンカチの刺繍も。
彼女の身長も誕生日も、十五にまつわることは、なぜだかバカみたいに、全部全部、覚えている。
『私、十五が好きなんだー』
たくさん話をしたのに。
たくさん話を聞いたのに。
その何もかもを、覚えているのに。
……彼女の名前を、俺は知らない。
十五が好きなことしか。
十五にまつわることは知っていても、彼女自身にまつわることはほとんど知らない。
名前なんて、お互い聞かなかった。それで充分なはずの距離だった。
──本当に。本当に、それで充分だったのか。
……そんなわけ、ないくせに。
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