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代わり筆
代り筆(上)
一
小指の先にほんの少し紅を取り唇にうっすり引くと、ただでさえ白い肌が際立ってくる
。小さな二枚貝に入った紅はお茶屋勤めの梅ちゃんが田舎のおっかさんに便りを書きたい
と、その代書を頼まれたときお礼にもらったもので、吉乃(よしの)が仕事に出かけるまえ
のたった一つの女らしいたしなみだった。上目遣いに手鏡を覗いて髷に挿したつげの櫛に
手をかけ、もう一度きつめに挿し直す。母、史(ふみ)の形見と始めて髷を結った十五歳の
春、父が箪笥の抽き出しから取り出し髪に挿してくれたものだ。
「これは母上が大切にしていた、おばば様から受け継いだ櫛だ、そなたにはまだ地味だと
は思うが、娘らしい櫛の一つも買うてはやれぬ父を許してくれ」
その父ももういない。二年前、吉乃が十七の齢に逝ってしまうと、吉乃はきよみ長屋に
ただ一人取り残されてしまったのだった。
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