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告白をする日
雛子が悲鳴を上げる。
「痛いイタい!ねえ、兄ちゃんもうやめて!」
無論血の繋がりなどは無い。生まれた時から隣家の子供というだけである。雛子は僕を『兄ちゃん』と呼ぶ。
「ちょっと・・・。もう、やめてってば!」
やめて堪るか。僕は雛子を抱えた手に更に力を籠めて息を切らす。今日絶対にこうするって決めたんだ。
暴れる雛子の手が頬を叩き、髪を引っ掴むがそんな事に構ってはいられない。
そうだ。体裁なんかどうだっていいんだ。しかし、いつからこんな乱暴に・・・。
今の雛子では仕方ないのかな。考える程溜息は禁じ得ない。
それにしたってこの雛子の体の軽い事。昔からずっと見てきた通りに華奢でか細い体。真っ黒に日焼けした肌に金髪を揺らし、ごてごてとしたピアスやネックレスがじゃらじゃらと派手な音で擦れ合う。
また雛子が何度目かに振り回した手ががむしゃらに僕の顔を叩き、指輪か何かの鋭利な感触を感じた。思わず悲鳴を上げる。
「あ、ごめん・・・」
今度は雛子の手が幾分そっと僕の顔を撫でる。どうやら血が出てはいない様だ。
兎に角、今止まるわけにはいかない。雛子の抵抗が遠慮気味になったところで更に足を速めた。
本当に雛子は軽い。齢相応に大きくはなったけれど、同じ中学一年生の中でも随分軽いと思う。でなければ如何に体に自信のある僕であってもこう軽々とは運べない。人というのは本来結構重い。
「ねえ、自分で走るからさ」
「いや、でも追いつかれるかもしれないし」
雛子の両手がきゅうっと首に回されて僕は体ごとしがみつかれる形になった。雛子のきつい香水の香りが鼻につんときた。
「こうしてる方が遅いでしょ」
確かに腕にも背中にも段々と力が入らなくなってきたし、薄いベストの下で噴き出した汗がシャツを濡らし始めている。これではいざとなった時に困るかもしれない。
「本当に走れるの?」
「あはは。多分あたし早苗ちゃんよりも早いよ」
早苗というのは妹の名前である。三つ年下の中学三年生。雛子と同じ中学に通う先輩にもあたる。ウマが合うようで何やら親密な付き合いを続けている様だが詳しくは知らない。
それどころか、僕は妹の前で極力雛子の話題を出さない様にしている。これは当たり前だろう。平静を装う自信など欠片もないのだ。・・・。何と恥ずかしい人間である事か。しかし兎に角既に賽は投げられてしまった。
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