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「あ」
雛子が耳を澄ます素振りをする。
「ほら、近くなってきてるよ」
まずい。僕にもはっきりと聞こえる。何台ものバイクの音。兎角ああいう連中は仲間を呼びたがるんだ。例えばロールプレイングゲームなんかだったらそんな事をしても絶対に主人公一人の方が強いのに。
くそ。逃げるしかない。
雛子の手首を引っ張って校庭を駆ける。
まだしっかり日のある時間である。グラウンドではサッカー部やら陸上部やらの生徒達が駆け回っていた。サッカーボールが転がってきたので蹴り返してやる。
「ねえ兄ちゃん、あたし達注目されてるねえ」
じろじろと遠慮容赦のない視線が周り中から突き刺さってくる。
当たり前だ。この優等生然とした僕が汗だく必死の形相で放課後の校庭を走り抜けているんだぞ。引っ張られてとことこと駆けているのは小さくて派手な女の子だ。確かに結構足が速い。しかし、どこからどう見ても相当に幼いのだ。
もう完全に変なロリコンだ。くそ。今日こうしてしまう運命だったのかな。
バイクの唸り声は、うおんうおんともう間近に迫ってきている。
ごめん、皆。僕は学校に逃げ込みます。
しかし、ぐいと雛子が僕の手を引っ張った。
僕達二人はぽつねんとグラウンドの真ん中で立ち止まってしまった。二人きり。この緊張に周囲は目に入ってこないし雑音だって聞こえはしない。
「ねえ、どうしてずっと放ってたのに急に今日連れ出しにきたわけ?」
「・・・放っておけなかったからだよ」
「早苗ちゃんに言ってくれれば良かったのに」
妹にこんな危ない相談ができるか!
しかし、雛子はやっぱりあどけなく首を傾げている。
随分変わっちゃったなあ。これがあの雛子だったなんて信じられない。本当にいつからだったんだろう。
でもね、雛子。あの時の初めて会った時のあの雷の衝撃、僕ははっきり覚えている。あんな連中とつるんでるなんて頼むからもうやめてほしい。
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