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「好きだ」
「・・・は?」
何と情けない男か。蚊の鳴く様な声が喉から掠れ出た。情けない事には、それは決して今全身で目の前の不良達にビビってしまっているからではないのだ。
何と。この三文字の言葉に何と激しく心臓が高鳴る事か。うねり跳ねる血管が体の中で踊り狂っている。
どうするんだ、僕。今日、そして人生で一番どうしたらいいって言うんだ。
雛子は手を繋いだままぼんやりとこちらを見上げている。無邪気であどけない表情だ。あの時の表情だ。
分厚くて汚い化粧の下に雛子が見えた。
「・・・良く、聞こえなかった」
どうしたらいいかって?決まっている。
僕は今度こそ限界まで腹に息を吸い込んだ。胸を張れ。真っ直ぐに目を見つめよう!
変でも馬鹿でも、僕の10年間の想いなんだ。
「好きなんだ。ずっとずっと、初めて小さい頃会った時からずっと好きだったんだ。今も好きで堪らない。僕は君だけ、この世界で好きで好きで好きでどうしようもなく、好きだ!」
想いが言葉になって飛んでいく。
その何と心地よい事か。自らの吐く息の何と熱く感じられる事か。
ずっとずっと、ずうっと待ち望んで、けれど俯いて過ごした日々が一気に吐き出されていく。
「・・・は?」
雛子の顔には表情が無い。けれど目だけが真っ直ぐに僕の瞳を捉え続けている。
数瞬の沈黙。今は教員もこの場に駆け付けなければいいと心から思う。
どうか、やっとやっと言えた僕と雛子を二人だけにしてほしい。
やがて、雛子の口がもごもごと動き、少し遅れて言葉が漏れ出てきた。
「もう一回。あの・・、もう一回言って・・・、くれますか?」
ああ。僕は力強く頷いた。何回だって言ってやる。
「好きなんだ。ずっとずっと、初めて小さい頃会った時からずっと好きだったんだ。今も好きで堪らない。僕は君だけ、この世界で好きで好きでどうしようもなく、好きだ!雛子が好きだ」
もう言葉が止まらない。
「毎日夢に見る。もうどうしようもないんだ。雛子が好きで大好きなんだ」
次は失敗した。
「結婚しよう!!!」
空気というのは面白い。人間同士、どんな者かを問わずに語らずとも場の空気というものは伝わる。
びしりと、校庭を囲む全員の間で空気が固まった。うちの学校の同級生も後輩達も、不良達も皆が皆固まってしまった。
雛子だけが目をぱちくりと瞬いていた。
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