カラスの祭り 一日目

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この場所で絵を描くことは、夏休みの僕の日課になっていた。僕は、時に水彩絵の具で、時に色鉛筆で、あらゆる角度からこの場所の風景を切り取ってきた。油絵を用いて描くのも、これで二枚目になる。いかなる画材で描く場合でも、変わらずに守ってきたことがある。風景を忠実に再現することに勤め、嘘や虚飾は避けること。これは、心の平穏を保つために、いつの間にか自身に課していたルールだ。ただし、今日は少しこのルールを破る必要があるのかもしれない。なぜなら、描きかけの空は昨日の昼間の青空で、今僕が見ている空は既に橙だから。僕は、ため息をつくと、出鱈目な青色をキャンバスに広げた。ーーやっぱりな。苦々しい記憶が頭を掠め、懐かしい罪悪感が蘇る。 始まりは、小学一年の参観日。母親が、壁に貼り出された絵を眺めている。芋掘り体験を題材に生徒たちが描いた絵だ。そのひときわ高いところに、豪華な台紙がつけられた一枚の絵があった。 「凄いわね。大森くんの絵。賞を取ったのも納得だわ。のびのびとしていて、とっても素敵。」 僕も母の言葉につられて、その絵を見つめる。古代の壁画を思わせる絵。褐色の肌をした四角い体躯の少年が、筋肉を怒張させ、睨みを利かせながら巨大な芋を引っ張っている。活発な大森くんらしい絵だ。 続いて、母親は下の方の絵に目を落とす。貧相な少年が、ひげ根が生えた貧相な芋をじっと見つめている……僕の絵だ。母親は、ため息まじりに言う。 「アンタも、大森くんみたいにのびのびとしたのを描きなさい。」 僕は、大森くんの絵をじっと見つめる。これが、僕の苦々しい栄光の記憶の始まりだった。     
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