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「ただいま。」
伊都の声がしてスマホの画面をオフにする。今日は20時の帰宅。いつもより早く仕事が片付いたそうだ。今日の仕事も同期の大崎さんが一緒で手伝いあったのだろうか。
「おかえりなさい。」
玄関に出迎えたら、伊都が抱きしめてくれる。お互いの体温を匂いを感じ合う。
「今日は?課題した?」
「課題した?」それは河邑さんに会ったのかと暗に意味している。
「今日はしていない。」
だから、河邑さんとも会ってはいない。でも、会えないかとメッセージは来ている。そのことを私は口に出せずにいる。
「伊都は?今日は中での仕事?」
「うん。営業も外回りのメンテナンスもなかったから。」
大崎さんも一緒?と聞きたくて聞けない。そんなこと聞いてどうするのかと思う。
「あ、ちょっとごめん。」
触れ合う伊都の体が振動する。スマホが彼を呼び出している。切れることのない音は電話の合図だ。
「もしもし……えっ?データが飛んだけど、バックアップしている場所が分かんない?大崎は?あいつ、まだ会社にいるだろ?」
髪を掻き毟るの伊都。イライラしている時の彼の癖だ。私を抱きしめていた腕が緩む。さっきまで抱きしめあっていたはずなのに、温かいはずの体が冷たく感じる。
「はぁ?見つけられないって言ってる?分かった。今から戻る。」
電話を切った伊都はさっき緩めたネクタイを締め直した。
「ごめん、会社に戻るわ。」
「晩ご飯は?今日はシチューだよ?」
伊都の好みに合わせてミルクも多めにしたのに。
「帰ったら食べる。あ、でも遅くなったら寝てて。本当にごめん。」
唇に落ちるキスに泣きたくなる。仕事だから行かないでなんて言わない。本当は出て行く背中を抱き止めたいって思っても。
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