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ベッドに潜り込んで頭まで掛け布団をかぶった。私の知っている伊都は女を冷淡に扱う方だ。彼女にすら優しくなくて、それが理由で別れた話も何十回と聞いた。
でも、大崎さんには男友達と接しているのと変わらない。そのことに「じゃあ女として見てないってことじゃん。」と素直に喜んだりはできない。
友達の枠になれば、垣根が低くなる。簡単に肩に手を触れさすし、帰宅後であろうとも仕事場に戻ってあげる。私が女ならそんな風に自分のことを考えてくれる男を好きにならないわけがない。
布団がもそもそと動く。背後に伊都の気配がしたかと思うと、すぐに腕の中に抱きしめられる。
「シチュー美味しかった。ありがとう。」
その腕の温もりに、一筋、瞳から涙が落ちる。
「寧々、泣いているの?」
声を押し殺していても、この男はすぐに気付く。
「泣いていない。」
「いやいや、泣いているし。」
伊都の手の甲が涙をぬぐってくれたけど、その手の甲に私はがぶっと噛み付いた。
「いたっ!寧々!」
緩んだ腕に、自分がしたくせに、さらに涙が出そうになる。さすがに伊都も呆れていると思うのに、伊都はもう一度私を抱きしめた。
「ケーキは明日、職場の男の後輩に食わせる。」
「……。」
「もう何かもらったりしないから。でも、仕事で呼び出されることだけはもう少し待って欲しい。後少しなんだ。」
後少しって?聞こうと思ったら伊都からもう寝息の音がする。
まさかこの一瞬で寝たの?と伊都の方に向き直ると、青白い顔をして眠る姿がそこにはあった。
「私の方こそごめんね。」
頑張って強くなるから。周りに惑わされないぐらい。笑顔で伊都におかえりが言えるぐらいに。
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