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……――
ぴりぴりした空気と、仄かに香る、染み付いたコーヒーの匂い。
職員室は結構好きだ。ひたに机に向かう教師の間を縫って歩くと、なんだか自分も大人の仲間入りをしたような気分になれる。
実際にはちっとも大人になんかなれておらず、子供でもない大人でもない中途半端な気持ちを燻らせる俺は「もっと大人になれ」と教師に諭されることばかりなのだが。
「しっつれーしまー…うげ、」
そして、その言葉を幾人もの生徒に嫌みったらしく言って回っている張本人の姿を捉え、意気揚々と入り込んだ職員室の入口でぴたりと足を止めた。
「(あーあ、サトセン捕まってんじゃん)」
職員室は好きだが、苦手な教師は居る。
誰しもウマが合う合わないはあるだろうが、俺が職員室に訪れた目的である担任教師の佐藤先生…もといサトセンの机から見て斜め後ろに立つ男性教師が、俺にとってまさにその人だ。
きっちりとした七三の前髪と、神経質そうなつり目。誰かから聞いた事も興味も無いので確証があるわけではないが、顔の皺だとかを見るに恐らく三十代後半だろうか。
進路指導の主任を任されているだけあって生徒に厳しく、逆に苦手じゃないと主張する人を教えてほしいくらいだ。
俺は少なくとも自分のことを悪く言われて懐く聖人ではないし、多分向こうも俺のことは馬鹿な一生徒くらいにしか思っていないように思う。
もし女性ならザマスママと称すればぴたりとするのは、逆三角形の眼鏡がそう見せているのかもしれない。
よって、本名が増本芳樹ということも手伝い、影ではザマスモトと呼ばれているのだが、さておき。
「(タイミング悪ぃなぁー…)」
ザマスモトの指導は生徒だけに留まらない。
同じ教師相手にも遠慮容赦なく物言うことで知られており、今現在はなんとも偉そうに腕を組んで、椅子に座っているサトセンを見下ろしていた。
サトセンにレポートを提出しに来ただけだったのに、思わぬ伏兵だ。
机に置くだけですんなりと帰れたら良いが、捕まったら何を言われるか分かったもんじゃない。
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