4 病室

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4 病室

  岬が目覚めた時、吾郎はパイプ椅子の上でうなだれるように眠っていた。  頭と右腕に包帯を巻き、顔や首にはひどい擦り傷がそこここについていた。  いくつものベッドが並ぶ病室は、ひっそりと静まり返っている。  岬は、天井をじっと見上げ、何かを考えるように身動ぎもしなかった。  坂道を激しく駆け下りた時のような衝動や焦りは、微塵も感じられない。  痛々しく当てられた額の包帯が、その時の痕跡をとどめているだけだった。  黒目がちな大きな目に、鼻筋がすっと通った整った顔立ちで、なにより、港町には似つかわしくない様な色の白さだった。  シーツに隠れているが、小さな顔にすらりと伸びた長い手足が、都会的な印象を与える。  二十六になったばかりであったが、物静かな雰囲気が少し大人びて見えた。    岬は、点滴のない方の手を、シーツ越しに自分の腹の上に乗せた。  そこにあったはずの、生命の気配は失われていた。  やがて、表情を変えぬままの岬の頬に、涙が伝った。 「流れてしもうたな」  いつの間にか目を覚ました吾郎が声をかけると、岬は天井を見つめたまま、 「すみません」 と、呟いた。  吾郎は、しばらく押し黙ってから、 「なんもかも・・・」 と、ぼそぼそと何かを口ごもった。      *  変わり果てた福寿丸を見つけた漁船は、船の残骸の上に、気を失った吾郎の姿しか見つけられなかった。  東吾の遺体はどこにもなかった。  救助された時も、町に戻ってからも、東吾の行方や、あの夜に起きたことについて、吾郎は何も語っていない。  警察も一通り質問はしたが、しつこくは尋ねようとしなかった。  周りの人々も、そっとしておくべきだと考えた。  町や港でも、福寿丸が無残な姿だったことは話題になったが、東吾のことを話題にすることは皆が避けた。  海を生業にしている者にとっては、こういう事もあるもんだと、口にはせずとも、それぞれが覚悟している事なのだ。  ただ、自分の身内で起きた事のように、港の皆が、悔しさを噛みしめていた。  東吾の捜索はまだ続けられている。      *  声も無く、天井を見つめたままの岬の瞳から、次から次へと涙が溢れてくる。  吾郎はやはり何も語らず、パイプ椅子の上でただうなだれているだけだった。
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