5 変わらぬ日々

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5 変わらぬ日々

 台所から、岬の包丁を使う音が響いてくる。  歯切れのよい小刻みなリズムが、起き抜けの緩慢な時間をせかすように、朝の空気に規律を与えていく。  そんな一日の目覚めの雰囲気などおかまいなしに、吾郎は、食卓で背を丸めて黙然としていた。  吾郎と向き合うように、東吾の遺影が小さな祭壇の上に飾られている。  東吾は、屈託のない笑顔で、吾郎の方をじっと見つめていた。     福寿丸の事故から一年余りが過ぎていた。  全ての悲劇が、日常に溶け込んで消えてしまったかのように、ありきたりな朝であった。       *  東吾の捜索は、十日ばかり続けられた。  その間、漁では朝の内に戻る船も、陽が沈むまで東吾を捜し、戻ってくることはなかった。  そして船が戻ると、岬は、病院を抜け出し、手掛かりでも探すように港をうろつき、一艘一艘の船を覗き込んだ。  皆、そんな岬に気付かぬ振りをしながら、通り過ぎた後姿を、痛々しく目で追うのだった。  海難事故は、毎年二〇○○件を超え、死者・行方不明者を伴う事故は五〇件前後、一○○人に近い人々が亡くなっている。     
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