2 穏やかな朝日

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2 穏やかな朝日

 吾郎が気付いた時、朝日が水平線を持ち上げるように顔を出し、海は穏やかに煌いていた。 いつもと変わらぬ青い海だった。  福寿丸は大部分を海に沈め、危ういバランスで浮かんでいた。  船べりは大きく裂け、傾いだ操舵室が、廃墟のような静謐さを漂わせている。  しばらく、なにが起きたのか理解できないままに、吾郎はジリジリと頬を焼き始めた朝日の方を向き、目を細めた。  視線を戻した時、船体の端にしがみつき、下半身を海につけたまま意識を失っている東吾に気が付いた。  ようやく何が起きたのか思い出した吾郎は、東吾の方へ這いずっていった。  声は喉の奥にへばりついたように出てこなかった。  東吾の肩に触れ、揺すぶる吾郎。  反応がない。  吾郎は、膝をつき、両脇を抱え、東吾の体を引き上げようと力を込めた。  だが、あまりの軽さに、吾郎は尻餅をついた。  海から上がるはずの東吾の下半身は無く、無惨に内臓がぶら下がっているだけだった。  生命を失った東吾の姿に、吾郎は手をわななかせ、目を剥き、大きく開いた口は呼吸を止めた。  やがて、吾郎の慟哭が、朝日に煌く海に響き、吸い込まれていった。  あの黒い鏡のような海はどこにもなく、荒れ狂った凶暴な生き物もどこにもいなかった。  青く波立ついつもの海が、ただ広がっているだけだった。
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