序章

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 歩いてくる男に槍を突きつける。極限まで装飾を除いた槍は、長年血を吸い続けたかのように赤黒く刃を光らせていた。その刃の切っ先、触れれば目がくりぬかれるであろう場所でピタリと男の歩みが止まった。 「制圧? そんなことは考えていません。私は話し合いに来たのです」  眼光がオオトカゲの王を射抜く。殺気に空間そのものが乱れる。  殺される。  誰が見ても王の方が有利な状況であるにも関わらず、王は体が震えるのを感じた。かつて一度経験したことのある、死への恐怖が体を突き抜ける。  一度めは命拾いをした。だから、ここで勇者狩りをしていられる。あの方に近づくものを排除する役目をいただけたというのに。  男が、その一瞬の逡巡の間に目の前まで間合いを詰める。王は微かに仰け反り、王座の肘掛けを無意識に強く握った。その握った左手を、男は問答無用とばかりにつかむと、ネクタイに手を当て胸ポケットへと手を伸ばした。  魔物は一瞬目を閉じた。心残りは、あの方のお役にもう少し立ちたかったということ。そして、自分がいなくなった後に部下たちが安らかに過ごせるか、ただそれだけ。  彼の手がポケットからゆっくりと出される。  カッと魔物は目を開けた。無様な死に様だけは見せるまい。背筋を伸ばし、槍を立て強く握る。  スパッと白い閃光がきらめき、目の前に放たれた。  一枚の名刺が。     
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