最恐怪談コンテスト 応募作品

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―昭和の初めの頃の事なんだけど、ある年に、この地方で流行り病があってね、何ていう病気かまでは聞いていないんだけど、とにかく、大勢の人が亡くなったらしいの― その病気に罹患したある家族があった。 まずその家の母親が発病し、続いて七歳の長男に感染した。 細雨が蕭蕭と降りそそぐ中、病を患った男の子はあっけなく息を引き取り、やがて母親もその後を追うかの如く、一週間後の小糠雨の降る日に亡くなった。 この家には、長男の男の子の上に、姉に当たるひとりの女の子が居た。 僅か一週間の間に、母親と弟を失った女の子の悲しみは深く、一人娘の様子を案じた父親は、良かれと思って後添えの女性を迎え入れたが、それが返って、この幼い姉の心を疲弊させる結果となってしまった。 ―あんなひと、本当のお母さんじゃない。何で私だけを置いて弟と逝ってしまったの?私は一人ぼっちで寂しいよ。もう一度逢いたいよ、お母さん、お母さん― 更に深く気を病んだ姉は、それを呼び水としてしまったのか、その年の秋口に、母と弟の命を奪った、あの忌まわしい流行り病に感染してしまった。 全身に走る強烈な痛みと熱に浮かされ日々が続き、医師の治療と周囲の手厚い看護にも関わらず、一人残された姉は、みるみる衰弱して行った。 やはりその日も、空には鉛色の雲が重く立ち込めて、小糠雨が舞っていたという。 姉は一階の日本間に寝かされて、病魔に魘されていた。 寝返りを打つ度に全身の関節が軋み、呼吸をするのもしんどい。 外では風に舞う微細な雨粒が降り注ぎ、蛞蝓の足跡の様な雫を窓ガラスに穿って行く。 荒い息を付きながら、ぼんやりと天井の木目を見ていると、裏手の墓所の方角から、中庭の玉砂利を踏み拉く、じゃり、じゃり、という音が聞こえて来た。 それは、彼女にとって、聞き覚えのある、懐かしい足音だった。 ―お母さん…?― 思わず布団を跳ね除け、半身を起こした。
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