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「でも、とりあえずボコボコにはするだろ?」
「……状況による」
一瞬思案顔になった裕太君は冗談でもなさそうな口調でぼそりと呟いたから、後輩たちは堪え切れずに笑いだしてしまった。
それから、新入部員たちに連絡先を書き出してもらったり、今年も夏に練習試合があって、秋に関東大会があるといった年間スケジュールを説明したり、袴の注文書を配布したり、と事務的な要件を済ませた。
そして最後に、裕太君に目で合図された私は新入部員らの前に進み出たのだ。
「あのね、私事なんだけど聞いてもらいたいことがあって」
私は右耳から小さな機械を取り出した。耳栓を少し大きくしたような肌色の部分と、耳朶に引っ掛ける銀色の機械で1セットになっている。
私が掌に載せて見せてあげると、彼らの目は点になってしまった。
「これって……」
「私、難聴なの」
一気に音の遠くなった世界の中で、私は小さく微笑んだ。
「難聴……ですか」
みんな、まじまじと私の手の上を覗き込んでいたけど、見せている間は何も聞こえないから話もできない。私はすぐに右耳へ嵌め直した。
「驚かせたよね、ごめんね」
「いや、まぁ……驚いたかってことなら、驚きましたね」
城田君はどんな顔をしたらいいのか決めかねたのか、曖昧な笑い方をした。
「右だけなんすか?」
「残念ながら左は全く聞こえないから補聴器すら無し。それでもこの補聴器があれば聞こえるから、普段の生活の中では特に気にしないでくれていいよ。ただ、今みたいに顔を見てこの距離で話をしている時は平気なんだけど、賑やかな場所だったり、遠くからだったり、それからみんなが一斉に話しかけてきたりするとさっぱり分かんなくなる」
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