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下唇を突き出し、不貞腐れたような顔をする裕太君はホント可愛い。
「栞ちゃんさ……もしかして、どうせ俺は何もしてこないって安心しきってる?」
「うん、まさにそんな感じ」
「ひでぇな、それ」
むくれた彼は立ち上がり、私の隣の椅子に移動してきた。そして、わざとらしく体を密着させてくる。
「へぇ……じゃあ、栞ちゃんはこのまま何も起こらなくていいわけ?」
すでに顔は近かった。彼の吐きだす熱を帯びた息が私の前髪を揺らす。
「……良くない、けど……」
私も情けない。
自分で焚きつけておきながら、この唐突過ぎる展開についていかれず顔を真っ赤にして俯いたのだから。
裕太君はちょっとぎこちない手つきで私の肩を抱きよせ、そのまま左耳に触れてきた。
優しく撫でてもらってもそこに音は無いけれど、彼の指の感触だけはしっかり感じられる。
私はドキドキしながら目を閉じた。
開けっぱなしの窓から一陣の風が吹き込んできたのを肌で感じる。
マユちゃんにも言った通り、何もやましいことは無い証明として窓を開けっぱなしにしているけど、本校舎と体育館の隙間にある弓道場まで来る人なんてまずいない。
賑やかなはずの昼休みもこの場所だけはとても静かで、心地いい。みんなで使っている弓具が雑然と置かれたむさくるしい場所ではあるけど、そんなことは気にならない。
ここは私にとって裕太君が奏でる音だけを聞くことができる安らぎの空間なのだ。
僅かな衣擦れの音や、椅子を引く音。目の前に迫っている彼の息遣いも、全てを聞き洩らすことがない―――。
でも、彼の唇が重なる寸前で私の耳に飛び込んできたのは、飛び抜けに明るい男の子の声だった。
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