第1章

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 小さな少年のようなからだに白いTシャツとジーンズ。あの頃と変わらない。サングラスをして、杖をついていることを除いては……。 「お昼でも食べながら少しお話できませんか?」ペックはおれに言う。  最初は会社の近くのレストランに入ろうと思った。だが、卑屈な防衛本能が働く。ペックといるところをできれば会社の連中に見られたくない。おれは少し歩いたところにある蕎麦屋にペックを連れていった。  お昼の忙しい時期は過ぎ、客はまばらだった。お好きな席へどうぞ、と店の人に言われ、おれは奥の比較的まわりから視界が遮ぎられる席を選ぶ。  テレビがついている。昼の情報番組が流れ、画面から司会者の冗談に大げさに反応する出演者や観客の笑い声が聴こえてくる。昼下がりの雑多で間のぬけた雰囲気の中、店のおばさんが注文をとりにくる。 「うーん、いい香りがします」ペックはわざと鼻を強調する動きをし、 「わたしはエビを使ったソバにします。なんて言うんでしたっけ?」とおれに尋ねる。 「エビ天ソバ」 「そうそう、エビ天ソバですね」  まだペックといることが信じられない。おれはペックの姿をもう一度まじまじと見つめる。こうして話していることが、どこか夢の中の出来事のような気がしてならない。 「わたし、大変お腹が空きました。ペコペコです」  ペックは冗談めかしてそう言いながらサングラスを外す。すると、両目とも白濁している。  おれは一瞬、息を飲む。そして、寒気が身体の中を突き抜ける。ペックは何かを察したのだろう。 「わたしは目が見えません。でも、不思議なものですね。目が見えなくなってから、鼻や耳などほかの感覚は鋭くなっている。それと、感も鋭くなっているんです」 「第六感みたいなものかな?」おれは声の震えを必死に抑えながら言う。 「えっ?」 「シックスセンス」 「そうそう、シックスセンス。日本語では、第六感って言うんですか。それが身についたようです。特に話していて、その人が本当のことを言っているのか、ウソをついているのかはっかりわかるようになりました。悪いことばかりじゃありません」  ペックは嬉しそうに言う。  おれはなんて答えていいかわからない。少しの沈黙ができる。その沈黙を切り裂くように 「犯人は小澤さんです」  ペックはいきなりそう言う。
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