第1章

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 魚が飛び跳ねた。  いや、陽の光を浴びてガンジス川の水面が一瞬輝きを放っただけかもしれない。  まだ午前中といえども、夜明けとは違い、川岸で沐浴する人の姿はあまり見かけない。  その代わりといってはなんだが、半裸の子供たちが小動物のようなしなやかな動きで水遊びをしたり、色鮮やかなサリーを着た女たちが洗濯に精を出す姿が目に映る。 「ぼくは銀行に就職が決まっているんだ。将来的には国際金融の分野に進むつもり。今、金融の世界はグローバルだからね。世界と直接繋がる仕事がしたい。インドに来たのもそのことと無縁じゃない。インドは必ず発展する。世界の経済成長を牽引する国になる。だから、今のうちから見ておきたいと思ったんだ」  そう熱く話す小澤は、名門私立大学の四年生。縁がシルバーのメガネをかけ、いかにも頭が良さそうだ。 「私は、写真家になりたい。クライアントの注文通りに写真を撮るカメラマンではなく、自分の世界を表現する写真家。そのためには、技術はもちろんだけど、まずなりよりも自分の世界観をつくる必要がある。だから、今はジャンルにとらわれずに、いろいろな写真をとっていきたいと思っているんだ。その点、インドはすごいよ。360度、被写体の宝庫。どこをみてもシャッターチャンスの連続だからね」  写真家志望のレイコも小澤の熱に影響されたのか、興奮気味に話す。長い髪を無造作に後ろで縛り、化粧っけもない。だが、スレンダーでスタイルも良く、とても美人だ。町を歩いていると、インドの男からしきりに話しかけられる。  大人しい宮田もおずおずと話し出す。 「おれは高卒で大工として働き始めたんだよね。大工になったのは、困っている人の役に立ちたいと思ったから。子供の頃からの夢なんだよね。学校でもいいし、病院でもいい。恵まれない人たちのために自分の手で何かを作ることが……」  朝の清潔な空気に包まれる中、ガンジス川から吹いてくる風が気持ちいい。ふっと意識がどこかに飛んでしまうくらいだ。 「きみはどうなの?」小澤が言う。最初誰に話しかけているのかわからなかった。 「ねえ、嶋村くん」小澤が少し笑いながらおれに言う。 「あっ、おれ? 笑うかもしれないけど、おれは物書きになりたいんだよね。小説はもちろん、いろいろな国に行って旅行記も書いてみたい」
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