第1章

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「笑わないよ。とってもいいじゃない。旅行記を出すときは、私の撮った写真を使ってよ」とレイコが真面目な顔で言う。 「出版費用が足りなければ、ぼくの銀行で融通するよ」と小澤が冗談めかして言うと、みんなが笑った。花が一斉に開いたような希望に満ちた笑いだった。  おれたちは、どこか夢心地で夢を語っている。夢は大抵、叶わないものだ。だが、中には叶うものもある。叶える人もいる。 「チャイ?」  ポットを手に掲げたペックが、人懐っこい笑顔を浮かべ、おれたちに聞く。  今おれたちがいるのが、ヒンドゥー教の聖地として知られるインドのベナレス。またの名をバラナシ。日本人のバックパッカーが集まる格安ホテルのテラスでガンジス川を見ながら話をしている。 「ありがとう、ペック」レイコは目を細め、ペックに感謝を伝える。  ペックは少しはにかんだような顔をしながら嬉しそうに頷き、甘くておいしいチャイをみんなのカップに注いでくれる。  ペックは孤児だったという。このホテルの日本人オーナーが子供の頃にひきとり、育てたそうだ。日本人のオーナーはすでに亡くなり、経営者はインド人に変わったが、ペックは今でもホテルの雑用をしたり、滞在客の面倒をみたりしている。 「そうだ、ペック。火葬をするところに連れていってくれないかな」と小澤が言う。 「私も見たいと思っていたの」とレイコも前に乗り出す。 「いいのかい、何の関係もない観光客がそんな場所に行っても」と宮田が心配そうに言う。 「遠目から静かに見ているぶんには問題ない。そうだろ、ペック?」と小澤はペックを見る。彼はきっと本か何かで知識を仕入れたのだろう。 「ええ、大丈夫ですよ。では明日、ご案内しましょう」とペックは白い歯を見せてニカッと笑う。      *  翌日、ペックに案内され、おれたちはガンジス川沿いでおこなわれている火葬を見にいった。 「見るのはいいですが、決して写真は撮らないでくださいね」  火葬場に近づいてくると、ペックはおれたちにそう注意した。 「どうして?」  カメラをバックに忍ばせているであろうレイコは不満そうに言う。 「火葬は神聖なものだからです」とペックは真剣な顔で言う。 「それはどこの国だって一緒さ。自分の家族が火葬されているところを観光客に興味本位で撮影されたら、誰だっていい気持ちはしないだろう」と小澤が物知り顔で口を挟む。
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