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「まあ、それはそうだけど……」レイコは納得していない様子だ。せっかくのシャッターチャンスを逃すことが口惜しいのだろう。
おれたちが町と川辺を隔てるコンクリートの塀の上に座って待っていると、やがて竹でできた担架に乗せられた遺体が運ばれてくる。
オレンジ色の布でくるまれた遺体の上に、色鮮やかな花々がたくさん添えられている。
「亡くなったのは女性のようです」とペックが静かな声で言う。
「なぜわかるの?」レイコが質問する。
「女性はオレンジの布に包まれ、男性は白い布に包まれますから」とペックは答える。
ペックの説明によると、ガンジス川沿いには大きい火葬場と小さい火葬場の二つあるそうだ。
ペックがおれたちを案内してくれたのは、小さい方の火葬場のようで観光客は少ない。
運ばれてきた遺体は、担架に乗せられたまま一旦、ガンジス川に浸される。そして、四角に組まれた薪の上に置かれ、火をつけられる。
火葬職人と思われる男性が、風を送ったり、薪を足したりしているが、火葬が終わるまでには、けっこう時間がかかるようだ。
最初は目をはらしていた遺族も、やがて雑談を始め、笑い声もおきる。
遺体の上から落ちた花を目当てにヤギがやってくる。すぐに追い払われるが、あきらめず隙を見て花を食べようとする。人間とヤギとのユーモラスな攻防が展開される。
火葬を実際に見てみると、予想していたようなおどろおどろしさはない。レストランで食事をしたり、お風呂に入ったりするのと同じように、日常生活のワンシーンに思えてくる。
「なんだか、あっけないね」おれは少し寂しくなり、そう言う。
「遺骨は川に流すので、ヒンドゥー教徒はお墓を持たないそうだ」と小澤が言う。
「それもなんだか寂しいなあ」とおれは返す。
「そうかな、わたしはこっちのほうがいいよ。自然の中に戻してもらえるんだから」とレイコが言う。
「なるほど。確かにそうだね。川の流れに任せるうちに、魚や微生物に食べられるわけだから生き物の最後としては、こっちのほうが真っ当かもしれない」と宮田は言う。
「ああ、なんだか、ぼくの人生、とてもちっぽけなもののような気がしてきた。就職するのやめようかな」
小澤が珍しく感情をストレートに表現する。
「そうだね。日本の価値観に縛られていたら大切なものを見失しなっちゃうよね」レイコは大分燃え上がってきた遺体をじっと見ながら言う。
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