第1章

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 それでも、おれと宮田は動かない。 「貧しくて薪もろくにあまり買えない連中は、焼き残った遺体をそのまま布に包んで流すんだ。何も怪しまれない。この川に流してしまえば、それで終わりさ」 「でも、こんなこと、人として許されるのかな」宮田が冷静にさとす。 「許されるもなにもないだろう。ほかに方法があるのか」  結局、おれと宮田は小澤を手伝った。できるだけ丁寧に今や動かなくなったペックを布の上に寝かせる。 「ロープがないぞ。このまま流すわけにはいかないだろう」おれが言うと、小澤は周囲を見渡し、すぐにロープを見つけだすと無言でおれに渡す。  おれと宮田でロープを巻き終えると、もう布の中に誰がいるのかわからなくなる。 「よし、オーケーだ。流してくれ」  いつの間にか少し距離を置き、おれと宮田の作業を黙って見ていた小澤が言う。  おれと宮田はゆっくりとペックの遺体をガンジス川の水につけ、流れに乗せる。  宮田は流されていくペックに向けて手を合わせ、目をつぶる。小澤は黙ったまま無表情でペックやおれたちの動きを観察している。  これで立派な共犯者だ。おれは心の中で呟いた。      *  おれたちは押し黙ったままホテルに戻った。そして、回りに誰もいないことを確かめた後、あの日と同じようにテラスに座り、ひそひそ声で話し始めた。 「ぼくは明日の朝早い汽車でベナレスを出ていく。そうしないと、新入社員の研修に間に合わないから」小澤がまず口を開く。 「おれも大手出版社の編集長と会うことになっている。見習いのような形でライターの仕事をさせてもらえるかもしれないんだ。せっかくのチャンスだから逃がしたくない」おれも小澤に続いて言った。  うそだった。そんな予定はない。ただ、怖かっただけだ。一刻も早くこの場所から逃げ出したかっただけだ。 「おれは残るよ」宮田が言った。「レイコのことが心配だし、このままここを去るわけにはいかない」 「勝手にしろ。だが、警察には絶対に何も言うなよ。ぼくたちは一蓮托生なんだ。一人だけ助かるなんてことはもうないぞ」小澤は強い口調で宮田に迫る。 「ああ、わかっているよ」宮田は不承不承ながら答える。  おれはガンジス川の方向を見た。
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