バック駐車

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バック駐車

 社員食堂では、空いていれば窓際に座るのだが、そこから見下ろす広い駐車場に、いつも昼時に現れて車を停める人がいる。  どんなに駐車場が空いていても、その車は必ず壁際の、植込みが少し出っ張った狭い場所に車をバックで停める。  どう見ても停めにくそうだが、そこが気に入っているならそれは個人の自由だろう。  そう思い、目に入っても特に駐車場まで行くようなことはなかったが、ある日、用事で昼時に社を離れることとなった。  俺もマイカー通勤をしているので、駐車場に向かうと、いつもの車が何度も切り返しながら定位置に車を停めようとしている。  ガラガラなんだから他の場所に停めればいいのに。  なんとなく足を止めて見ていたら、ふいに車の窓が開いた。 「ねぇ。私の運転、おかしいかしら?」  顔を覗かせたのは随分年配の婦人だった。その人が何度もハンドルを切り返し、バックと前進を繰り返しながら聞いてくる。  正直、運転は人に任せた方がいいというレベルだ。てもそれを直接言うのは憚られる。なので黙っていたのだが、俺の反応から、婦人は何かを察したようだった。 「やっぱり下手かしら。でも、バックの途中だもの。速度的にはこんな程度だから、ぶつかって人が死ぬなんておかしいわよねぇ」  人が死ぬ? まさか誰か轢いたのか?  いきなりの告白に慌て、口る間に近寄ろうとした俺の目の前で、ふいに車ごと婦人の姿が揺らめいた。 「ちょっと壁にぶつかっただけなのよ。なのに死んじゃうなんて変でしょう? どうしても納得できなくて、私、毎日ここであの時と同じようにバックしてるのよ。本当に、あのくらいで自分が死ぬのかどうか確かめたくて」  その言葉を残し、夫人と車は完全に俺の視界から消えた。  …後で、かなり昔にこの駐車場で、ごく軽い自損事故なのにドライバーの婦人が亡くなったという話を聞いた。  あの人、いつから検証をしてるんだろう。そして、いつ納得して駐車場からいなくなるんだろうな。 バック駐車…完
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