第1章

10/12
前へ
/12ページ
次へ
「小学校のとき、給食費を払えなかったときがあったんです。どこで知ったのか、そのことがクラスのいじめっ子グループに伝わってしまって。 『こいつ、給食食ってるぜ。金も払わないのに食うなんて泥棒だよな』 『犯罪を見逃すわけにはいかないな』 『お前は給食を食う権利はない。これは、ちゃんと給食費を払っているおれたちのものだ』  と言って、ある日、先生に見つからないように、ぼくから給食と取り上げてしまったんです。  家に帰っても食べ物があるわけじゃない。放課後、情けなさと空腹に耐えながらひとり机に座っていると、同級生の女の子が「これ」と言って、その日の給食に出た揚げパンをくれたんです。  ぼくは恥ずかしい気持ちで一杯になり、その女の子のことをつい睨んでしまったんです。  女の子は『ごめんね。わたし揚げパン嫌いなの。でも、食べ残すと先生に怒られちゃうし、家に持って帰ってもママに叱られちゃう。だから、青山君、誰にもわからないように持って帰って』とだけ言って、去っていきました。  学校からの帰り道、ぼくは同級生に見つからないようにその揚げパンを公園で食べました。すると、涙が溢れてきたんです。情けなさ、悔しさ、そして、嬉しさで……」 「さあ、できました。ご試食、よろしいでしょうか?」  作業をしながら話を聞いていた美咲は、あえて冗談めかして言い、白いお皿に載った出来立ての揚げパンを青山の前に差し出す。  青山は、ゆっくりとできたての揚げパンを口に運び、じっくり噛み締める。 「ああ、これだ。これが食べたかったんだ」  青山の目にみるみる涙が溜まり、すぐにこぼれ落ちる。  美咲はその姿を見て、自分がパン職人になった理由を再確認していた。      *  おれは今、警察の留置所にいる。  美咲さんの揚げパンを食べた後、すぐに自首したのだ。  おれはもともと詐欺師だ。結婚詐欺を専門にやってきた。  なぜか、おれは女の気持ちが手にとるようにわかる。  おれは人を好きになることも、嫌いになることもない。クールに人間を観察できる。詐欺師としての経験もある。だから、こうすれば女性が喜ぶとか、こう言葉をかければこういう行動をとるだろうということを正確に推測できる。  たぶん、それはおれがあまり愛情を受けて育っていないことも影響しているのかもしれない。他人に何も期待しないし、何かをされても心を動かされることがない。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加