第1章

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 ああ、まただ。結局、今日もいろいろ見たあげく、フレンチトーストとカフェオレを買う。  美咲は少し不満に思うが、別にそれが悪いわけじゃない。むしろ、ウチのフレンチトーストは、人気商品。クリーミーな卵黄がたっぷりしみ込んで、とてもおいしい。だから、毎朝買っていかれるお客様も少なくない。だからそれは納得だ。  だが、この人はそんなお客様とはどうも様子が違う。いつも真剣に自分の食べたいパンを探すが、結局、消去法でフレンチトーストを選んでいるように美咲には思えてしまう。気になってしかたがない。 「今日も同じだったね」  彼が会計を終え、少し寂しそうな顔で店を出ていくのを見送ると、ハルカが美咲にそう言う。美咲はハルカの言葉をぼんやりと聞きながら、彼は一体どんなパンを望んでいるのだろう、何を探しているんだろうと考える。      *  今日もダメだった。  仕事を終え、マンションに戻った青山徹は会社の帰りによったスーパーで買ったお惣菜とビールの夕食を食べながら、ぼんやりと考えていた。  結局、おれの探しているパンは見つからなかった。でも、あそこの店、なんかカンジがいいな。フレンチトーストもおいしいし、店員さんたちの接客も言うことない。  特にあの女性……、そうそう藤野美咲さんだ。ネームプレートにそう書いてあった。  あの人はとても好感が持てる。笑顔がとても優しそうで気持ちの温かさが伝わってくる。       彼女の作るパンの味にも、人柄が出ている気がする。きっと両親や周りの人たちに愛されて大人になったのだろう。羨ましいな。  それに比べておれは……。  ため息を吹き消すように、青山はビールを一機に飲み干した。      * 「あの、いいですか?」  翌朝、美咲がおもいきってお店に来た青山に声をかけると、彼は驚いたように美咲を見返した。 「もしよろしければ、どんなパンをお好みなのか教えていただけますか? あっ、いえ、お客様のお望みになるものを作ることがわたしたちの仕事ですから」 「えっ、あ、いや……」  青山は恥ずかしそうな顔をし、慌ててフレンチトーストとカフェオレの会計を済ますとお店を出ていってしまった。  しまった。余計なことをするんじゃなかった。美咲は自分のしたことを後悔する。  だが翌朝も同じ時間に、青山はお店に来てくれた。美咲は勇気を振り絞って声をかける。 「昨日は失礼しました」
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