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そんなある日、青山から電話がかかってきた。ちょうどお店のお昼休み。控え室でお弁当を食べているところだった。
「美咲さん、ぼく決めました!」
青山の声が興奮しているのがわかる。
「なにをですか?」
「自分でパン屋を始めることにしました」
「えっ?」美咲は心底驚いた。
「ぼく、気がついたんです。もし、自分でパン屋を開けば、自分の手で心置きなく、記憶のパン探すことができるってことを」
「……」
「でも、仮に見つけることができなくてもいいんです。おいしいものを人に提供することができれば、そのこと自体とても大きな意味があると思うんです。ほら、この間、美咲さん、パンは人を幸せにすることができるって言ってたじゃないですか。それに心を強く動かされたんです」
青山は一機に自分の想いを美咲にぶつけた。興奮のあまり、ところどころ言葉が上ずったりもしたが、熱意がひしひしと伝わってきた。
今度は美咲が青山の言葉に感動させれる番だった。だが、さらにサプライズが待っていた。
「それでなんですが、美咲さん、ぼくと一緒にお店をやっていただけませんか? つまり、共同経営者になってほしいんです」
美咲の驚きは、みるみる嬉しさに変わっていった。
なぜなら、将来、自分の店を持つことが美咲の夢だったから。だが、嬉しさの後、不安も襲ってきた。
「自分にはまだ早い気がします。何もかも力不足です」
「大丈夫です。今でも十分やってける。もし足りない部分があれば、やりながら補っていけばいい。お店と一緒にあなた自身も成長していけばいいじゃないですか」
「でも……」
「共同経営者といっても、開店資金はぜんぶぼくが持ちます。あなたは、おいしいパンを作ることに専念してほしい。あっ、今、決めなくて結構です。ゆっくりと考えてみてください。ぼくはいつまでも待ちます」
翌日、再び青山から連絡が入る。
「お店の候補が見つかりました。共同経営の話についてのお返事はまだいただかなくてもいいですが、美咲さん、一緒に見ていって、プロの目からアドバイスをいただけないでしょうか?」
物事が急に動き出した。美咲の人生が大きく変わろうとしていた。
*
週末、美咲は青山の言う貸店舗を見に行った。青山とは現地で待ち合わせをしていた。
都心から電車で二十五分。賑やかすぎず、寂しすぎず、とても住みやすそうな街。
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