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僕が彼女を見かけたのは、うだるような暑さの八月の夕立だった。
通り雨が降っている。
コインランドリーの中は熱気と湿気で蒸らされた、蒸篭のようだった。普通の人なら嫌になるような不快感を催すそれを僕は嫌いにはなれない。むしろむせるくらいの熱気は僕にとっては思考をぼやつかせるのにちょうどいい合いの手になっていた。
そしてこのような日には、必ず彼女が通りかかる。
僕はコインランドリーの外をぼんやりと見つめる。
彼女は今日も毅然とした美しい歩き方を見せていた。
どこの誰かも知らない、名前も、住所も、年齢も。
ただ僕が知っているのは、彼女がこのような雨の日には必ずこの道を通るというただそれだけの事実だった。
綺麗な女の子だった。
通り雨に濡れて煌めく髪も、傘も差さずに歩くその姿も、華がある。
僕は彼女の姿を見るのが好きだった。
なぜだかとても強いエネルギーを感じる。何にも負けないと言わんばかりの彼女の歩き姿は僕にどうしてか、胸が苦しくなるくらいの元気を与えてくれるのだ。
猫の鳴く声が響いた。
気付けば、彼女の姿に見惚れていた僕を咎めるように、いつもの野良猫が僕の足元にまでやってきていた。
「どうした、お前」
僕が問いかけても、その野良猫はニアァと鳴くだけである。
僕は猫の首筋を指で撫でる。
それから外を仰ぎ見た。
強い歩き姿の彼女は、もうどこにもいなかった。
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