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「仕事はどうなの?映画会社に入ったっんでしょ」
「まあ、なんとかやってますよ」
学費未納で日大理工学部を除籍になった後、下宿先の下北沢の闇市で米軍払い下げの古着屋を手伝っていたが、昭治はそこで知り合った東宝映画砧撮影所のカメラマンに声をかけられた。背が高く、手足の長いプロポーションと、キク譲りの涼しい目元、高い鼻筋が目に留まったらしい。
戦後まもなく、東宝は娯楽映画を盛んに撮りだしていた。新人俳優もどんどん売り出した。求められる俳優の容姿は以前と変わり、戦前流行った抒情的な『美男』ではなく、アメリカ式の手足の長い、すっきりした容貌の若者が求められた。昭治はそれにそぐったらしかった。東宝ニューフェイス(専属の新人俳優)のキャメラテストを受けるように言われ、言われるままにポートレイトを撮った。しかし後年、娘である筆者が聴いたことによれば、昭治は俳優には全く興味がなかったそうだ。東宝といえば当時は大企業で、なんの伝手(コネクション)も持たない上、大学も中退した昭治にとっては、どんな形でも大会社に潜り込めればいい、という気持ちだったという。それで俳優部に入ったもののオーディションから逃げ回り、理工学部だったので機械に強いと言い張って、とうとう技術部に潜り込んだ。そこから、昭治はずっと、映画やTVCMの制作を生涯の仕事にしたのだった。
キヌと芳枝の心尽くしの御馳走を食べ終わった昭治は、座敷から庭の向こうの小さい畑を見わたした。
「きれいな空気だなあ」
伸びをすると、タックの入った流行の形のズボンはダブダブでストンと落ち、ベルトでやっと腰に留まった。キクの病室で泣いていたゲートル姿の3年前と比べると、ずっと表情は明るく頼もしくなった。が、相変わらずひどく痩せているのが、芳枝には気になる。
「うちの家系は皆痩せ型だけど、昭治はそれにしてもガリね」
「男の若いうちは驚くほど痩せてるもんだわ、毅だってあの歳でもあんなに痩せてるけど健康ですよ」
とキヌは言った。
「信子さんは何かお仕事しているの?」
芳枝は信子に向き直った。
「…いえ、今は赤ちゃんができたものですから」
「そうね、今は無理ね、でもこれからは二人で協力してね」
としか、芳枝は言えなかった。
昭治21歳(昭和23年) スカウトされ東宝映画俳優部に入社
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