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「お祝儀をあげないとね」
お勝手で、食後のほうじ茶を淹れている芳枝に、キヌが『のし袋』を差し出した。
「まあ…すみません」
頭を下げて受け取り、キヌが居ないところでこっそり中身を見ると100円札が3枚入っている。(え?)芳枝は驚かずにはいられなかった。芳枝の感覚では子供の小遣いといった金額だった。
自分のバッグには、真っ白い鳩居堂ののし袋に、この10倍の祝儀が用意してあった。赤坂を辞める時もらった餞別から出したのだった。もっとも今も現役で赤坂に居たならもっと入れてやれたろう。
芳枝はこの家に入ってから初めて普通の月給取りの家計を知った。この家は決して貧しくない。土地も広く大きな家があり、大黒柱の毅は小さいが商社に勤める月給取り。そういう中流の家計というものが、芳枝の知っている赤坂の経済観念と比べ、どんなに倹(つま)しいものであるか芳枝は生まれて初めて知った。もっとも毅の月給もすべて財布はキヌが握っているので、家計の収支がどうなっているのか実のところは知る由もなかったのだ。
(イケナイ、イケナイ!
考えを改めなきゃいけないんだわ)
一晩で大金が動く花柳界のふわふわとした世界からは離れ、私はしっかりと地に足をつけて、歩いて行くんだもの…芳枝は自分に言い聞かせた。そこにじんわりとした幸せと、一抹の不安も感じる。
(でも、このご祝儀どうしようかしら…)
芳枝は、キヌにもらった黄ばんだのし袋と、自分が用意した真っ白いのし袋とを両手に持って、考えた。
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