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7 またも、あの悪魔の影
さて、28年の11月。
その日
芳枝が夕飯の買い物から帰って来ると
もう今夜には木枯らしも吹こうかという寒空に
素足に女学生のような短い靴下
古靴を履いた小柄な女が
吉田の家の角に、ぼうっと立っている。
信子だった。
茂の手を引き、赤ん坊を背負っている。
結婚した時妊娠していた赤んぼうは
生まれてすぐ「幽門閉鎖」で亡くしたが
信子は次々に2人の男の子を産んだ。
茂と慎二。
「のぶちゃん⁈ビックリしたわ!
どうしたの、こんなところで」
(金の無心だろうが)
腹の中でそう思っている。
「お姉さん…」
と信子は片エクボを作って笑う。
信子の方が3つも芳枝より年上なのだが
お姉さん、と頼られるのは
いつも自分の方だった。
「こんなところに立ってたって仕方ないわ
家にはお母さんが居るから
駅前の喫茶店にいきましょ
茂も慎二も、寒そうにして…
風邪引かせちゃダメじゃないか!」
2つの茂は母親によく似た丸い目で
無邪気に芳枝を見上げた。
「茂、お腹すいたんだろ?」
うんと頷く。
信子は薄い半コートを
負ぶった赤ん坊の上から被っているが
茂はセーターだけだった。
芳枝は自分で編んだモヘアの襟巻を外して
茂の襟首に巻いてやった。
肺炎で亡くした経男のことが思い出され
身を切られるような心地がする。
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