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        何の用だったのか、そもそも用などなかったのかもしれないけど、井ノ上くんが図書室に入ってきたのだ。 「おおーっ。図書室ってクーラーあるんだ!」 田舎の高校には、教室ごとにエアコンは付いていない。目下、保護者によって設置要望の署名活動中なのだけど、今年度で卒業の私には、叶ってもその恩恵にはあずかれないからもうどうでもいい。 図書室には私しかおらず、嬉しそうにこちらを振り向く井ノ上くんに返事をしてしまった。 「そうよ。……ていうか、一年以上学校通ってて気づかなかったの?」 着ていたジャージの色で、一学年下の子だとわかる。 「うんっ」 初対面から人懐こかった井ノ上くんは、私のちょっと呆れた声に気づくふうでもなく、ただただ室内の涼しさに嬉しそうだ。 のちに、夏がそんなに好きなら涼しい場所なんてなくていいんじゃないか、ずっと太陽の下にいればいいと言ったら、それはそれこれはこれと否定されてしまった。 「汗、凄いよ」 持っていなかったみたいなので、その日は使わなかった私のタオルを貸してあげると、一年後輩にしてはまだ幼さ残る顔が綻び、なんだか和んでしまった。 「職員室以外でも涼しいとこあるんだねー」 「指導室とか保健室もだよ」 「なんだそれっ。オレ行かないとこばっかだ!」 何故かウケている井ノ上くんに、エアコンこそないものの、風がよく通る涼しい場所も校内にはたくさんあるのだと幾つか教えてあげた。私の高校生活には必須項目なのだ。 最初こそ嬉しそうにしていたのが、どうやら脳筋男だったらしい井ノ上くんは次第に覚えきれなくなり、覚えたものまで頭から抜けていき……けど、そういう憩いをなんだかものすごく欲しがってしまった井ノ上くんは、とりあえず私のいる場所がそういう所なのだという結論に至り、以来、よく纏わりついてくるようになる。 エアコンの効いた図書室で、校舎と校舎の間にある日陰のベンチで、他にも色々。
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