159人が本棚に入れています
本棚に追加
思わずマジマジと白魚のような腕を見ていると、俺が持っていた箱をヒョイと抱えて持ち上げてしまう。俺は自分の手を慌てて引っこ抜いて、スーツ野郎を見た。スーツ野郎がニコッと微笑んだ。
「…………」
「よっと」
スーツ野郎は軽トラの荷台へ魚を運び、戻ってくると次の箱を運んだ。俺はその姿をポーッと眺めてハッと我に返り、自分の顔を両手で叩くと、網のチェックを始めた。海底を引く鉤つめ部分が折れてないかチェックをしていると父ちゃんと母ちゃんがやってきた。父ちゃんと母ちゃんを見るとスーツ野郎が頭を下げる。
仕事とはいえ、誰にでもペコペコして大変だねぇ~。
母ちゃんがスーツ野郎にニコニコと頭を下げた。
「おはようさん。充、魚こんで全部かえ?」
「そうだよ。んじゃ、いってくらぁ~」
「気ぃつけてな」
「あいよ」
父ちゃんと母ちゃんに手を上げて船へ乗り込む。チラッと後ろを見るとスーツ野郎がこっちを見ていた。さっき手伝って貰ったし、しゃーねーから話を聞くだけ聞いてやっか。そう思ったけど言葉が出ない。俺はスーツ野郎に「じゃ」と手を上げて船に乗り込んだ。
そうだ。話を聞く気はない。そう態度にした方がいい。
早朝に来ても同じ。そう分かればスーツ野郎も諦めるだろう。手伝ったのに、無駄骨だったとガッカリしてスゴスゴと帰るスーツ野郎を想像してチクッと胸が痛んだ。
船が漁港から出る時に、コンクリの壁を周りながらチラッと後ろを見た。
もう軽トラもない。
スーツ野郎は一人、直立不動のままこちらを見ていた。
最初のコメントを投稿しよう!