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「では、お食事でも。三十分ほど行った先にいい店がありますので」
メガネの奥からニッコリ微笑む。俺は握られた手を振り払った。
「あんたバカじゃないの? 今六時なんだよ。のんびり風呂浸かって、のんびり飯食って酒飲んで、いい気分で九時には寝たいの。あんたとじゃリラックスできないでしょーが。俺と話がしたいんなら朝の三時に港に来て船に乗るしかねーよ。さいなら」
「その店で出す酒はたいそう美味しいそうですよ。お背中も流します。スパでもなんでもご一緒致しま……」
スーツ野郎は何か言ってたけど構わず玄関を閉めて鍵を掛けた。
なんなんだあの野郎、いきなり手なんか握りやがって。
「……ん?」
妙に自分の周りにいい匂いがするような気がして思わず鼻をくんくんと嗅いでみる。
別になにもない。玄関に花が飾ってあるわけじゃないし……。
ふと靴箱の上に名刺が置いてあるのが目に入った。
あのスーツ野郎いつの間に!
名刺を手に取った瞬間、またいい匂いに気づいた。名刺に鼻を近づける。
……違う。ただの紙の匂いだ。なんだ?どっから臭ってくるんだ?
そして気づいた。名刺じゃなくて名刺を持ってる手からいい匂いがしてる。さっきあのスーツ野郎が手を握ってきたからだ。
なんなんだあの野郎。男のくせになんでいい匂いなんかさせてんだよ!
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