159人が本棚に入れています
本棚に追加
もうこれで諦めるだろう。そう思ったのに違った。
スーツ野郎は次の日も、またその次の日も早朝の漁港に居た。同じように爽やかな笑顔で、魚を軽トラに積む手伝いをする。
こうなったら根競べだ。絶対負けるもんか。
なのに六日目の朝、スーツ野郎の目の下にクマがあるのに気づいてしまった。それでも、いつものように笑顔で俺に話しかけてくる。何時までの仕事なのかは知らないが、スーツ野郎が寝不足でフラフラなのは明らかだった。
初めて見た時は、スーツをビシッと着こなし、いい匂いをさせて、いかにも仕事が出来る雰囲気を醸し出して余裕の微笑みを浮かべていたのに。
契約できるかどうかも分からない。ただ俺と話をする為にこんなボロボロになって。どれだけやり甲斐があって、価値のある仕事なのかは知らないけど……。
その哀れみを誘う姿はまるで、自慢の声を魔女に差し出して人間の姿を望んだ人魚みたいだ。
別に俺はロマンティックでもなんでもない。おとぎ話にも興味はない。ただ、「人魚姫」だけは他の物語と違って、悲しい気持ちになる。
海の生き物と陸の生き物は決して交わる事が出来ない。その掟を破った人魚が最後は海の泡になってしまう。その悲しい最後が印象的で、人魚姫の物語だけは何度も読んだ。
最初のコメントを投稿しよう!