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車は目的地へ向けて静かな道を走っていた。
運転席に座るフクツは、運転システムを切り替えるべくホログラムパネルを操作する。
ポーン、という電子音に続いて、女性声で造られた自動音声が車内に流れた。
――目的地まであと20キロです。自動運転に切り替えます。
フクツは運転席を立ち、後方の席に座り直す。輸送車であるこの車は車内が前方と後方で分けられており、後方に輸送される『モノ』が乗る。その後方部には左右に向かい合った席と、進行方向とは逆向きの席がある。フクツが座ったのは進行方向と逆向きの席だった。
目の前には二人の男が左右に向かい合って座っている。フクツは、そのうちの一人、自分と同じ地味な作業着とキャップをかぶった男に声をかけた。
「なあ」
「……」
「なあって」
「あ、僕ですか?」
男はようやくそれが自分に向けられた言葉だと気付き、問い返す。
「他に誰がいるんだよ」
「いや、ここに、」
言いながら、目の前に座る上下白の服を着た男を見る。やはり、座っていても大きいなと思ってしまう。いったい何センチあるのだろう。
「誰がクローニンなんかに話しかけんだよ」
「ちょっと、」
フクツの言葉を慌てて制止する。この人は本当にデリカシーというものがない。チラリと向かいの席を盗み見ると、目の前の大男は大して意にも介していないようで、相変わらず静かに座っていた。
「冗談だよ。お前さ、」
『お前』。その言葉に少しムッとすると、フクツの言葉を遮り言った。
「ササキです」
そうだ、自分には名前があるのだ。『ササキ』。名前があるものは名前で呼ぶべきである。ササキはそう強く思っていた。
「わかった、ササキな、ササキ。なあ、席替わってくれよ。進行方向と反対向いて座ってると酔うんだよ」
「でもフクツさん運転係だし、何かあったときのためにも運転席に近いそこのほうがいいんじゃ」
「もう自動運転に切り替わってるし大丈夫だって」
「いや、でも規則では」
「真面目かよ。ほら、替われって」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ」
フクツが立ち上がり、ササキの肩をグイグイと持ち上げようとする。その強引さにササキが抵抗していると、低く静かな、しかしはっきりとした声が聞こえてきた。
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