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「優しすぎるのも、考えものだよ」
「……優しくなんかありません」
「優しい人は、みんなそう言うの」
彼女は、優しさの使い道を間違っている。はっきりと思うのに、自分でも驚くくらいに心が揺れていた。
「キミ、けっこー頑固だね」
「がっ……! 私は怒ってるんです。生い立ちがちょっと人と違うってだけで、虐げられたり、蔑ろにされることなんて慣れなくていいんです。幸せになることを望まないのは卑怯です。そうは思いませんか?」
怒っていると言いながら、声は震えて目にはうっすらと涙が滲んでいるというのに、顔は笑っている。
どんなちぐはぐな顔だよ。ここは、悲しい顔を続けるところでしょ。
だけど、磯野さんの笑った顔は不思議と俺の心をほっこりと温かくさせた。
これは恋や愛ではないけれど、
カーディガンのお礼がまだだったね。
「……俺も、そう思う」
そう、あれたらいいね。
「え? あ、あれ?」
おどおどと目玉を動かす仕草は傑作で。
俺って家事に向かない人間なんだよ。それなのにさ、柄にもなく生地が縮まない洗濯の方法なんかネットで調べちゃったりしてさ。
疑う余地もないぐらいに、このカーディガンは彼女のものだ。
あの日、俺の肩にかけられていたピンク色のカーディガンを磯野さんの頭の上にポンと乗せて、俺は立ち去った。
翌日、HRの時間を使って席替えが行われた。俺の席の真ん前では、にこにこと磯野さんが笑っている。
あー……今度は彼女のほうね。
「眞野……くんだよね。私、磯野夏月。よろしく!」
その笑顔に、お見事! と言いたい。昨日、偶然にも保健室に居合わせたのが俺だとは気づいていないようだ。
「席替えが終わったら、連絡網用に前後の人と携帯番号交換してー」
教壇に立ち、テキパキと場を仕切る本橋クンを見つめる眼差しは、切なくも優しい。彼女の強さの根元は、一体どこから湧いてくるのだろう。彼女のことだから、この恋の結末にも胸が張れてしまうのだろう。
その時、キミの隣にいるのは誰なんだろうね。
「……彼以上にいい奴なんてすぐに現れるさ」
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