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ほら、って夏月ちゃんが知ってるわけないだろ。
ツッコミを入れる自身にイラッとするのを隠すほうが幾分も気を遣った。
「そ、そうですよね。念の為、今日はお風呂をやめておきます」
「だね。そのほうがいいかも」
夏月ちゃんは無理矢理に微笑もうとしたみたいだけど、笑えずに口角が下がる。一層のこと昨日のように泣いてくれたほうが、と思うような痛々しい……いや、これ以上はやめた。
「……はる? もう寝るか?」
しゃっくりなのか、ゲップをしたのか、肩が揺れたはるを抱き直す。
「じゃあ、私、寝かしつけて……」
夏月ちゃんへはるを渡す。夏月ちゃんがはるを受け取る。 自然な流れだ。そのつもりで両者が手を伸ばしたその時――
はるは俺のズボンの上に(食事中の方、失礼)、ゲロゲロと盛大に嘔吐した。
え……
目が点になる。
「はーるぅ!? わっ、ズボンが!! ちょちょちょ、とりあえずどーしたらいいの!? ティッシュ? タオル!?」
マジで!?
「わっ、私、タオル持ってきます!」
「できれば急いで!」
「はいっ。えーっと、えーっと」
おもちゃ! はるのおもちゃ、踏まないでよ!?
「冷たっ、冷たっ。夏月ちゃーん」
「は、はい~っ」
「おウチの方はお仕事ですか?」
カタカタとキーボードが叩かれる音が、やけに大きい。
「……はい」
カタカタッ
その音に追い込まれていく気分になって、俺は電子カルテと呼ばれる画面をとてもじゃないが直視することができなかった。
ここにお父さんとお母さんが来たらびっくりするだろうな……
余計なことを考える余裕はあるのに、俺の身体は一回りどころか二回りも三回りも小さくなっていることだろう。
待合で待つ夏月ちゃんもどうしているか気がかりだし、専門外にも関わらず診察をしてくれた先生の気持ちを無駄にしないよう必死に表情を取り繕う。
はるを抱っこしながら、やや視線を下げて“先生”の胸元のネームプレートを食い入るように見つめた。
胸部外科 佐伯 都
白衣……ぶかぶかだな。中の手術着も……
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