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四月。
「う~ん」
……。
一人の少女の声が、放課後の教室でうたた寝をしていた俺、眞野恭賀(まの きょうが)・高一の意識をゆっくりと浮上させた。
「――? 何してるの。途中まで一緒に帰らない?」
「あ、うん。今行く!」
パタパタ……
「……何してたの?」
「え? ああ。気持ちよさそうに寝てたから、なんだか起こすの可哀想で。でも、暗くなってきたから――」
……俺のこと、話してる?
もやがかかった思考を払うように、瞬きを繰り返しながらのっそりと身体を起こした頃には室内に人影はなく、辛うじて扉の向こうに人の気配を感じる程度だった。
代わりに背中が軽くなり、上半身を冷気がまとった。ふるりと肩を震わせながら足元に視線を落とせば、男物というにはいささか無理があるサイズの淡いピンク色をしたカーディガンが落ちていた。寝ぼけ眼でカーディガンを見つめ、それを拾い上げた。
「……誰だ?」
時は再び、放課後。
日当たり良好の窓際。柱の出っ張りに身を隠しやすく、席順としてはこれ以上ないところに席を得られたのだが、
「授業中、寝てたみたいだけど、また夜中に走り込みしてたの?」
「んー? いや、夜のほうが道空いてるからさ」
返事としては微妙に噛み合っていない。相手の返事はどこか間延びした、上の空のように聞こえた。
……うるさいな。眠いのはこっちだよ。眠れるだけありがたいと思えよ。
気持ちよくうたた寝をする予定が周囲の人間には恵まれず、広がっているだろう苦笑いに机にうつ伏せたまま眉間にシワを寄せた。
この年頃の特徴とでもいうのか、同中でのグループ行動が色濃く、いくつかのグループのうちの一つが俺の席の真ん前にできていた。
「高校でも陸上部のマネージャーやるだろ」
「もぉ、本当に走るのが好きなんだね」
口では「もぉ」などと不満を漏らしながらも、“彼女”の声はピンク色だ。
見た目だけで言えば、あたかも話に加わっている状況で、俺はやや膨らんだ鞄を睨みつけた。
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