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中には持ち主不明の“ピンク色”のカーディガンが入っている。寝ぼけた耳がそう覚えていただけで、確証もなければ、自信もない。ただの勘。
……彼女、だよな。
今日までの彼女が何色のカーディガンを――そもそもカーディガンを身につけていたかも知らないが、今日の彼女は真新しい紺色のカーディガンを身につけていた。
「これで、また破壊の女神(ミューズ)の通り名も全国区へと近づくな!」
「……っ」
「おっと、忘れたわけじゃねぇよな。俺のジャージにべったりとカレー大臣の汚名を着せてくれた、あの事件のことをよぉ」
……破壊の女神(ミューズ)?
早く解散しろと願う現在進行形で唯一、興味の引かれた単語にうつ伏せていた肩を抱き寄せた。
「裕介……裕介が一番、うまいうまいって磯野のカレー食べてただろ。それに、おっちょこちょいな女の子って、俺は癒されるけどな。ね? また一緒に陸上部入ろうよ」
うわぁ……
肩を抱き寄せていてよかった。背筋をぞわぞわしたものが走る。
「はいはい。ごちそーさんでした」
やれやれと首を横に振っていそうな裕介クンとやらに激しく同意したい。
よくもまぁ、リアルでそんな砂が吐けそうなセリフ言えるよね……
もぞもぞと動いた程度で察しろとは言わない。できるだけ目立たず、事が過ぎるのを待つ。
授業のノートを貸し借りしている二人は、互いに恋心を抱いているのが周囲に丸分かりの状態で、知らないのは互いだけらしい。
ちんけな男女交際しか知らないくせに。
悪態をつきながら二人を、うらやましく思っているのだ。好きと嫌いの反対語は無関心とはよく言ったもんだ。
……ちんけな男女交際さえ叶わなかった俺は、それ以下だ。
ついたため息を彼女に気づかれたかは分からないが、うつ伏せた腕の隙間から力なく彼女の腕が下がるのが見えた。それを皮切りに、彼女の口調は歯切れが悪くなった。
「あ……うん。やってみたいなって気持ちはあるんだけど……」
「けど?」
「夏には妹が生まれるし、双子も小学校に上がったばかりだから、できるだけお母さんを助けてあげたいの」
「磯野……」
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