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結果が必要ないのであれば、俺が取るべき行動は二つに一つ。狸寝入りで存在を消す。もしくは、本橋クンが現れた時点で立ち去るべきだったのだ。
口元を隠すようにしてついていた肘も、くしゃみをしたせいで外れて、がら空き。
引ったくったタオルを短く握り込む本橋クンは、クラスメイトらに囲まれる彼とは似ても似つかないほどにひどく怯えた表情をしていた。
関わり合いを避けるタイミングを失い、しばらく腹を探り合いのような沈黙が続く。
何やら言いたげに口元を震わせては閉じている本橋クンだったが、待っている義理もなく、俺は机の横にかけていた鞄を手に取った。
すれ違いざまに携帯で次の乙ゲーのプレイ時間を確認する。ちなみに俺は公認遠慮。自称、女の子がプレイを好む乙女チックゲームヲタクだ。
本橋クンが首にタオルをかけると、甘ったるい香りが幾分かマシになった気がした。
代わりに、心の中をさわさわと嫌な風のようなものが吹き抜け、ドキリとした。身体の奥底に鉛を溜め込み、俺の存在さえも忘れたかのように、本橋クンの瞳から光が失われていたからだった。
王道の爽やか王子の優しげな雰囲気は欠片もなく、蔑んだ目に純粋に好奇心が掻き立てられた。
「……走るのって楽しい?」
無意識に磯野夏月を思い出した。
彼女は、こんな表情をする彼を見たことがあるのだろうか。何が彼をこんな表情にさせているのか。好意を寄せてきた女子生徒はごまんといるだろうに、彼の中で彼女と女子生徒らでは何が違うのだろう。
確かに本橋クンが王道の爽やか王子だとしたら、磯野さんは王道ヒロイン体質かもしれないけど、化粧っけのないお子ちゃまだぞ? 胸は……あるな。
彼は何も答えなかった。
つまんない奴……
時間の経過で興味が薄れ、聞き出すのを諦めて今度こそ帰ろうとしたその時、
「……息が苦しいと、他のことを考えずに済むだろ」
「それは……走っていて、ってこと?」
「……」
否定しない辺り、どうやら正解らしい。
「俺からも。眞野、目つき悪いよ。それって髪が長いからなんだろ? せっかく綺麗な目してんだから、もったいないと思うけど」
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