女神の由来

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「!」 名前、知ってたんだ…… 真っ先に大きなお世話と思うところを、不意を衝かれ、一周回って感心してしまった。 久しく忘れていた感情。それは共感と矛盾だった。 待っていると言いながら、“あの人”の気配がなければ、どこだってよかったんだ。 甘い香り。憂いた表情。 ――磯野夏月。 去っていく本橋クンを俺は背中合わせに口の端を上げて見送った。 乙ゲーにするにはまだ設定が弱いけど……ちょっとは面白くなってきたかな? 磯野夏月と本橋由宇の関係がどのように変化していくのか観察するのも、数日の退屈しのぎにはなってくれるだろう。 職員室の前を通って帰ろうとしたところで、ふと中に入ろうとしていた人物と目が合った。 あー……と、萎れた声でゆっくりと俺を指さしたのは、初老の担任だった。嫌な予感しかしないのを、無表情で隠し通す。 「……矢野!」 「……」 訂正するのもメンドイ…… 「あー……、本橋知らないか?」 出た! 本橋由宇(本日二回目)。 「いえ(今は)」 「そうか。後で私のところへ来るよう言っておいたのだが……」 だから、何。 テンポの遅さに身体に力が入る。先程まで一緒だったことは、聞かれていないから言わない。 「すまんが呼んできてくれ。頼んだぞ」 イラッ 「……」 俺が放つ無言の怒りのオーラに気づくことなく、目の前で扉は閉まった。 ……俺、傍観者なんですけど。さっさと教室にいるって言えばよかった。今も教室にいるかは不明だけど。 主人公・磯野夏月。ルート選択・本橋由宇。 プレイヤーが登場人物らと関わりなど持ってしまっては、面白さが半減してしまうではないか。 しばし、立ち止まって思考を組み直す。 ……うん。頼れるみんなの本橋クンがセンセーとの約束を忘れるわけないじゃないデスカー。……というわけで。 記憶をおよそ一分間巻き戻し、脳内より消去が完了する。 「……ゲーム、ゲーム」 携帯で時間を確認し、再び歩き出したその時―― まさに目的の人物が校舎をはさんで向こう側の廊下を歩いていた。
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