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「失礼します。本橋くん、いますかー?」
「えっ、磯野!?」
磯野さんは、本橋クンが保健室にいることを知っていたようで、ためらうことなく扉を開けた。
うわーっ、わーっ、わーっ。見た? 見えた!?
扉に手をかけたまま固まる磯野さん。
物陰に隠れた俺の位置からでも、驚きの声やらカチャカチャとした金属音など、室内から慌ただしく物音が聞こえてきた。
扉を閉めない磯野さんもなかなかの大物だと感心しながら修羅場になることを期待して少しだけ物陰から身を乗り出す。
カーテン越しとはいえ、誤魔化しようのない決定的な場面を目撃してしまったに違いない。
驚きのあまり動けなくなってしまったと考えたが、答えは全く違っていた。本橋クンと今井先生はカーテンの中から出てきてはいなかった。
「……ああ、何も知らないの。へぇ、随分と大事にしてるのね」
カーテンの奥から聞こえてきた息を呑む音に、先程の発言が本橋クンに向けられたものだったことか分かる。
今井先生は“行為”をやめようとしなかった。教員でありながら、生徒の前で、生徒へ。
「彼の父親ね、多額の借金を残して蒸発しちゃったの。母親は家のこともせず、昼間から泥酔しているような最低な女。そんな失意のどん底にいた時、出会ったのが私」
しっとりとした口調で「健気よねぇ」と笑われ、磯野さんの右手がゆっくりと口元へと運ばれた。
「学校に通いながら手っ取り早くお金を稼ぎたいって言うから」
言葉が。
「そんなにお金が欲しいのなら、私と遊びましょ? って誘ったの」
言葉が、刃物へと変化する。
今井先生は動じるどころか、更に楽しげに声に笑みを乗せた。
「アナタも入る? そのほうが由宇も喜ぶだろうし」
「わ、私は……」
あー……これは、泣くな。浮気よりショックだわ。
嫌悪を抱くのは当然だ。
「下半身は彼の意思みたいだけど。可哀想って言うと、すごく硬くなるのよ。一昨日の夜もっ、ん……朝方まで放してくれなかったもんね」
「一昨日……」
磯野さんが呟く。
ノートの貸し借りをしていた日か。
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