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それ程の大人物たるユージーンでも、今宵は常ならざる緊張状態に置かれていた。
何しろ、今は夜光祭の四日目の夜更けである。
巫女が特別に清めた聖水で禊ぎ、この日のためだけに織り上げられた、身体に巻き付け、肩の部分を金具で留める古来よりの祈祷衣を纏い、その上に黒い地金に白銀があしらわれた甲冑を着る。更に、腰には一振りの宝剣を佩く。
その状態で神殿の控えの間にて、彼は月が真南に来たのを告げる使者が、閉ざされた至聖所へと導くのを待っていた。まさに、一日千秋の思いで。
ユージーンは自覚していた。
自分が緊張に苛まれ、かつ極限まで神経を過敏なまでに尖らせ、集中しているのを。自身を鎮静化させるべく深い呼吸を繰り返すが、かえって息苦しくなるばかりだ。
それゆえ、ただの空耳ーーある種極まった精神世界の中で奏でられる、幻聴にしがないと思ったのだ。
一度目に聞こえた時は。
「戻っておいでなさい……」
棘のない女の声がしかし、二度、三度と聞こえ始めたときは、流石に彼は妙だと思い始めた。
(同じ幻聴がこうも明確に、短時間のうちに繰り返して聞こえるものだろうか?)
そう訝った時点で、既に遅かった。
瞬く間に眼前に墨汁を垂らしたような闇が広がり始めると、ユージーンを飲み込んでまた一瞬で消え去ってしまったのだ。
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