2 暗黒 Summoned into darkness

3/8
前へ
/23ページ
次へ
 (此処は一体……)  彼は周囲を素早く見回した。  広大無辺な闇は、ユージーンがいる場所以外にはただ奈落であるらしかった。ひょっとすると他にも浮遊する足場があるのかも知れなかったが、そうであればあまりにも距離が離れすぎており、どのみち到達できない。  (何故急にこのような場所へ……それも、大事な祭祀の前だというのに)    原因は分からないにせよ、筆頭神殿騎士として、一刻も早く帰還し、務めを果たさなければならない――儀式前とはまた別個の緊張、そして焦燥を帯びる。  ユージーンは足元も、建造物と同じ建材で舗装されていることに気が付いた。  彼はしゃがみ込み、良く観察する。  それは存外美しかった。うっすらと波状に灰青の境界面が走る、白く滑らかな材質の岩石だ。赤茶けた地層や岩石の多いラナスフィリス周辺地域では決して見ることのできない色である。  (確かこれは、エルケビシュ岩……)    ユージーンは座学で得た知識を引っ張り出す。  現在では貴石として扱われているものの、千三百年前まではスファイラ全土で豊富に産出され、主に神殿用の建材に使用されたという。早い時期に採り尽くされてしまったため、現在ではわずかな遺構からしか検出できない――大陸史学の講義でそう習った。    (此処は古代の神殿なのか?)  そう考えた途端、脳裏に閃いた名前があった。  (まさか、ディラエルタートの大神殿……?)  その名は叙事詩の中にしかない。    いにしえの、世を暗黒で支配した時代の主神であり、夜女神ルシャイムスにより斃れ、力を失った女神・ディラエルタート。  一説によると、敗北の後ルシャイムスにより彼女自身が生まれ出で来た闇のあなぐらに、罰として神殿都市ごと 幽閉されたのだという。   (いや、しかし……そんなことがあり得るだろうか)  ユージーンは咄嗟にかぶりを振った。  しかし、旧時代の建材といい、伝承の通りの風景といい、完全に否定しきれないのもまた事実だった。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加