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「戻っておいでなさい……」
例の声が再び、ユージーンの耳に聞こえてきた。
ラナスフィリス神殿で耳にした時よりも、更に明朗に。
彼に語り掛けているのが明白だった。
今回は、発生源をしっかりと認識できた。
前方――彫像の門の遥か奥、至聖所と思しき円形の施設の内部だ。
(行くしかないようだ)
ユージーンは立ち上がった。
四方は奈落、脱出経路などとてもありそうにない。ならば此処は、何の目的あってか、そして自分に覚えなど全くないが、己を呼ぶ者の意思に従う以外にないだろう。
彼が門に向けて歩を進め始めた途端だった。
二体の彫像の頭部が、仄暗い群青に発光し始めた。
(っ、何だ!?)
ユージーンは咄嗟に歩みを止める。
魔術の使い手ならば容易に分かる。高密度の魔力の焔だ。
熱はない。その代わり、途方もない敵意に満ちた、闇の力が冷たく燃え盛っている。
それまで中立的な静寂を保っていたはずの大気が、突如彼に牙を剥いたように張り詰める。
宝剣を鞘払って構えるユージーンの前で、焔が激しく燃え上がり、彫像全体が呑まれる。
左方の双頭の蛇の尾を持つ獅子のような像、右方の鷲の頭部に馬の下半身を持つ像。
生命を持つはずのない異形の像が、双翼を広げた。
地響きのような音を立てながら、爪を振り上げて侵入者に飛び掛かる。
「聖域を侵す簒奪者に呪いあれ!」
「貴き闇を穢す蛮神に裁きあれ!」
放たれる怨嗟の声。
それは音声ではない。ある種の魔術により、精神に直接呼びかけてくるのだ。
(“リビングカービング”かーー!)
ユージーンは片手で剣を左右に薙ぎ払い、魔力を帯びた白岩の蹄を二度弾く。
無機物に魂が吹き込まれた魔性には二つある。操作者の存在する、魔力で動く土人形――ゴーレムは著名だが、この手の自ら魂を得た“リビングカービング”は非常に稀で、実際に目にした者などほとんどいない。
余程の魔力が集中している特殊な環境であって、かつ何らかの生物を象った人工物が存在しているのでなければ、発生しないためである。
それだけに、この異空間が尋常なものではないことを、ユージーンは刃から伝わる振動からも痛感する。
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