この夏、一番涼しい夏

　今年の夏は寒かった。と、言っても異常気象だったわけではない。
　むしろ毎日晴れが続き、日本のどこかのダムでは貯水量が大変だとニュースで言っていた。
　しかし、俺はきき過ぎた冷房の寒さに時折震えながら予備校で一日中勉強していたため、その猛暑を感じることはほとんどなかった。
　昨年受験した大学は滑り止めの私立大学しか合格できず、どうしても千葉大の薬学部に行きたかった俺は、親に頭を下げて浪人生をやらせてもらっている。
　家は裕福な方ではなく、予備校の授業料も決して安くはない。それがわかっているから俺も必死で毎日勉強している。
　そうは言っても、数式や化学式ばかり見ているだけでは気が滅入ってしまう。そんな時は目の保養が必要だ。
　俺は一つ前の列右斜め前に座っているクラスいち美人の真悠子さんに目をやった。
　視線の先が黒板と同じ方向だから、黒板を見る振りをして見つめることができるからありがたい。もし、逆方向だったら俺の熱視線に気づかれ、キモいと思われていることだろう。