プロローグ

3/8
前へ
/8ページ
次へ
 石畳の広場の中央。そこから響いた女性の声。男はその女性に歩み寄りながら平然と返す。気配はずっと前から、それこそ森の中に居る時から補足していた。広場に彼女が待っていてくれていることも全て分かっていたからこそ、ゆっくりと城を見ることが出来ていたのだ。 ――(なぎさ)、逃げてくれ……俺はもう、俺じゃないんだ……―― 「お前が初めてこの城を見た時には、顔をしかめただろうなと思ったら笑いが止まらなくって」 「むぅ、なんで分かったの?」 彼女はその白い頬をリスの様に膨らませながら、男へとゆっくりと歩み寄って行く。かつて日本にいた時から変わっていないショートヘアの黒髪が、吹いた風に揺れた。 「こんなに装飾された城をお前が気に入る訳がないじゃん。俺が昔送ったプレゼントをその場で投げ捨てたのは忘れねえぞ?」 「……あれは(のぼる)が変なものを送るからでしょ!?お化け屋敷のお土産をいきなり目の前に出されたら驚くよ普通!」 「いーや、あれはお前が驚き過ぎなんだよ。なんだよ、俺の手ごと(はた)き落とすとか。ものすごい痛かったんだからな?」 ――逃げろ。こっちに向かってくるんじゃない――  もともとあった30メートルほどの距離は、既に15メートルほどに縮まっていて。 彼らは足を止めた。まるでこれ以上近づけないと言うように。  それでも彼らは楽しげに話す。  渚が魔族のトップ、魔王として。昇が人間のトップ、勇者として。宿命を背負わされ、幸せで、平和な日常が消え去る前のように。  そして沈黙が流れる。分厚い雲が月を徐々に隠し、地面が再び暗くなっていく。     
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加