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彼女は幼い僕に視線を合わせてしゃがんでくれ、頭を撫でながらこう言った。
「良いかい、もう二度とここには来るんじゃないよ。あの川を渡れば帰れるから」
「おねえさんはいっしょにいかないの?」
「お姉さんはね、あの川を渡ることができないの」
「……じゃあ、もうあえない?」
幼い問いに、少女はいたずらっぽく笑って答えた。
「じゃあ、十八歳になったら。私のことを思い出したら、川の向こうから手を振ってくれる? 私はこっちから手を振るから」
「……やくそく?」
「うん。約束だよ」
そうして、ほら、と差し出された小指に小指を絡めて、指切りをした。
あの日、約束を取り付けたのは、僕の方だった。
「思い出したのね」
気が付くと、僕はいつも夢に見る川の反対側に立っていた。
向こう岸には、白いワンピース姿の少女がいる。僕の視線は、彼女よりも高い位置にあった。
「思い出したよ。あの日迷子になっていた僕を、君が助けてくれたこと」
「あの時は本当にびっくりしたよ。人が迷い込んできたのはあの一度きりだ。あのままこちらに居たら、あんたは死んでいたからね」
やはりそうだったのか、と僕は思った。
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