2/5
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
 磯村伝十郎は(とこ)の中で、昨日隣に越してきた熊谷大作が、大声で長屋の女房達に挨拶をしているのを聞きながらそう思った。  身の丈六尺を超える、大男である。継ぎの当たった着物と、よれた袴を身に付け、髪は月代をせず髭はぼうぼう、熊谷大作とはよくも名付けたものだと思わされる風体だった。  同じ浪人でも、磯村は、髪も身なりも常にきちんとしている。  そうで無ければ、たちまち無頼の浪人者と、町方から目を付けられかねない。  正業にも就かず、無駄に武士の魂と称して腰に人斬り包丁を下げて歩いている輩が、まともな手立てで金を稼ぎ、口を糊することが出来るはずはないのだから、いつか何かしでかすに違いない――と常に監視の対象にされてしまうのだ。  まったく、迷惑千万な話である。  熊谷は、独りでは無かった。  まさに割れ鍋に綴じ蓋とでもいうような、大柄な女房が居て、おまけに子が五人もあった。  そんな一家が、気儘な一人暮らしの磯村と同じ、僅か六畳に四畳の二階が付いた割長屋に住んでいるのだ。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!