高校にて

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 木枯らしが教室の窓を叩く。窓の内側では世界史の授業。先生は第一次世界大戦の兵糧について静かに語っている。生徒達は一切の私語をせず、代わりにシャープペンシルの筆記音だけを教室に響かせていた。  僕はこの進学クラスの一員だ。筆記用具は筆箱の中。机の上にあるのは、世界史の資料ではなく生物の教科書。  僕の右隣の列、三つ前の席に彼女は座っている。彼女の短い黒髪は素直すぎるストレートで、重力に引かれるがままストンと垂れていた。その背中はグレーの厚手なカーディガン。濃紺のブレザーを椅子の背もたれにかけている。  彼女の名前は、黒崎。黒崎結衣だ。  彼女と話したことはない。さして彼女と話してみたいとも思わない。けれど僕は確かに、彼女のことばかり考えている。  後ろの席からは見えない、彼女の整った目鼻立ち。休み時間に友達と談笑する、彼女の明るくてしっとりとした声。どことなく幼児を思わせる、可愛らしい仕草。それらが僕の脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。  僕はもう一度、座る彼女の後ろ姿を見た。これは恋、片想いというものなのだろうか。  僕は、彼女とお近づきになりたいわけではない。仲良くなりたいと思ったことはないし、ましてや付き合いたいだなんてこともない。  それでも、きっと僕は恋をしているんだ。そう、彼女に恋している。なぜなら僕は、彼女に強い欲望を持っているから。  僕は、彼女の細胞が欲しい。彼女を彼女たらしめる、その変わらない細胞が欲しい。
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